Sunday, February 7, 2010

日本の再開発について

台湾の方へ



日本再開発の案です。御参考までに・・・

なお、AH Taipeiを仮オープンしています。




考え方は?


中央から東西へ


南北から中央へ


橋下知事へ


勘違いです。

これから、始まるのですが・・・



橋下知事「僕の役割は終わった」 国の案に伊丹廃港反映



SATURDAY, FEBRUARY 6, 2010


仮オープン

AH Hokkaidoを仮オープンします・・・

http://artharbour-hokkaido.blogspot.com/





2/06/2010


名称変更

AH Fukuoka => AH Kyushu

に変更します。

AH KyuShu



Hub空港から、トップダウンの再開発が始まるはずです。

まずは・・・


成田+羽田 => 関空


次に、


福岡、千歳

辺りがターゲットになるのでは?

空港だから、地勢的にバランスが取れた方が望ましいのではないでしょうか?


以下は、AH 関西の仮オープンのお知らせです・・・


アートハーバー関西を仮オープンしました。


http://artharbour-kansai.blogspot.com/

今のところ、具体的なことを行う予定はありません。

青柳洋介 アートハーバー代表







2010年2月6日土曜日


仮オープン

Art Harbour Kansai opened tentatively.


AO



アートハーバーKansaiを仮オープンしました。

道州制の進展にシンクロします・・・

関東&関西任侠連合を形成します。当然ですが、合憲やくざです、笑い
兵隊やくざは20世紀、過去のもの、歴史と伝統も変わらなければ、死滅する。

よって、新世紀のやくざは、合憲やくざ、NeoYakuzaを創りたい・・・

通天閣のやくざ者のバージョンアップでもよいですが、笑い

NeoYakuzaとは、何だ? Neo興行師? Neo大道芸? NeoPromoter? NeoProducer?








2/03/2010


Hub空港から再生、成長へ・・・

成田+羽田 - 関空

これで、行くのだろう・・・

後は、路線の割り当てを効果的にする。

そして、

鉄道(新幹線+ローカル線+私鉄)

道路(高速道+地方道+生活道)


JRの再編

JR東+JR西

NTT東+NTT西


道路公団の再編?

高速道(国)、地方道(道州政府)+生活道(自治体)


郵便事業の再編

情報網+道路網

おおざっぱに言えば、こんな感じじゃないの?


電波塔は?

NHK+東京のキー局

道州政府に

道州のキー局+アルファ


こんな感じじゃないのかな?

JRの東西の分かれ目は?

JR東
JR北海道+JR東+JR東海

JR西
JR西+JR四国+JR九州

こんな感じじゃないの?


グローバルの風をHub空港で、輸入して、


アレンジ+クリエイトして、東アジアゾーンへ、流していく・・・

そんな感じなのかな?


逆に、グローバルへ打って出るのは厳しい。つまり、欧米へ

ひとつは、歌舞伎と相撲・・・ 伝統芸能など・・・ひとつは、アニメがある、今のところ、スタジオジブリが最右翼じゃないの?











東アジアゾーン問題

南北朝鮮統一

北方領土は、日露で共有

日本列島

上海、香港、マカオ

台湾、タイ

ここを東アジアゾーンとして、経済自由ゾーンにする。

モデルはEU


ハブ空港は?

成田+羽田、関空

インチョン

上海、香港

フィリピン

バンコク


どうでしょうか?

東アジアゾーンから、始まる・・・

共産圏との融合のため・・・ 関所はある・・・

スポーツは、現時点では、個人ベース





サッカー、大リーグ、ゴルフ、テニス・・・

アパレルなどは? 

シルクカンパニー => 着物をアレンジする(ローカライズして、輸出する)

陶芸カンパニー => 焼きものをローカライズして、輸出する


橋下知事「僕の役割は終わった」 国の案に伊丹廃港反映

2010.2.3 13:00
関西国際、大阪(伊丹)、神戸の関西3空港をめぐる問題で、伊丹廃港を強く訴えていた橋下徹知事は3日、国土交通省成長戦略会議の中間整理素案に自身の意見が反映されたとして、「伊丹の問題については僕の役割はほぼ終わった」と述べた。素案には、成田国際空港会社株式上場益を関空の支援にあてることなどが盛り込まれている。
素案の詳細は公表されていないが、橋下知事は「素案には伊丹廃港の検討も盛り込まれたという情報もある。地元の半数ぐらいが伊丹廃港を望んでいるという声を国に伝えることができたので、国の流れを『廃港もありうる』ということに変えた。今後、僕は跡地をどうするのかについて地元説明していく」と話した。
新年度予算編成をめぐり、予算計上への判断を保留していた関空関連の3事業についても予算計上すると決断。「素案で国のビジョンが固まったので、前原誠司国土交通相を支えるためにも、計上する」とした。



2/07/2010


観光立国 - ネバーランド計画

昔、検討したことです。あくまでも、参考意見です・・・



6/23/2007


仮想世界と現実世界 - 観光立国

「観光立国」について - 東京ネバーランド計画


「東京は人種・文化のルツボ」がふさわしい。近隣諸国の人たちが東京に行けば少ない金でいろいろ楽しめる。だって、世界中あちこちへ行くのはカネがかかるし無駄も多い。近隣の発展途上の国の人にヨーロッパやアメリカへしょっちゅう行く余裕はない。東京自体が大人の(子供まで含めて)ディズニー・ランドのようになればいいのでは(東京ネバーランド)? 食い物もいろいろある。

疲れたら日本の静かで美しい地方で骨休め。食い物もうまい。大満足の日本旅行でした・・・ それが、観光立国ではないの? 21世紀の。

何でこれが成立するか、近隣のアジア諸国の人口が多いからです。潜在需要がとてつもなく大きい。だから、欧米からアーティストなども訪れるのです。アーティストは感が鋭いから。。。


浅草、上野、秋葉原、池袋、新宿、渋谷、銀座、六本木、青山、赤坂、山手線の中の他の街、下北沢、三軒茶屋、自由が丘、吉祥寺、荻窪、、、郊外の街、、、その周辺などで農水産物や製品などを供給する街、など、多種多様な個性的な街がある、、、

それぞれの街にある特色あるスポットなどは、主にネットなどで紹介する・・・


「AHでのイメージ・トレーニング」 -国際編

Hub(ハブ)のイメージについて。
Hubはバーチャルです。
リアル・ワールドとの関連は、
各大陸にある大きな空港や大きな港などを仮想的に
表わしていると考えれば良いです。大きな国際空港など。
日本で言えば、成田とか関空とか、、、横浜港とか神戸港とか、、
そこを起点に国際的に動く、というイメージです。
ハブからAHのローカルへ繋がる。

「アジア・ハブ」
例えば、
AH下北 -> 成田空港(Hub) ->
上海空港(Hub)  -> AH武漢

Hub間の移動は、例えば

成田空港(Asia Hub) -> ヒースロー(Europe Hub)

こんな感じです。

例えば、

AH下北からAHベルリンに行きたいとします。

リアル・ワールドで行くにはどうすればよいか、
などのイメージ・トレーニングをすると面白いと思います。

下北沢(小田急) -> 新宿(成田エクスプレス) ->
成田空港 -> ドゴール空港(パリ) -> ヨーロッパの新幹線(TGV?)

・・・> ベルリン(AHベルリンの特色あるスポットにも行く)

などです。

パリのシャルル・ドゴール空港駅からTGV(テジェヴェ)に乗って、
ドイツ高速線のICE(イー・ツェー・エー)に乗ってベルリンへ。
たぶん、TGVとICEは繋がっている?
鉄道網、自動車網、航空網が競合しています。

この段階で、環境に優しいのは、高速鉄道網?

高速鉄道のターミナルから、
さらにローカルへ入り込むときなどには、中低速鉄道、地下鉄、バス、リムジンなどがいいのかも?

さらに町中へ入ると、地下鉄、市電(LRT?)、バス、リムジン、タクシーなどの出番?

最後は、バイク、自転車、徒歩など? 


追伸:

国内は東京だけについて書きましたが、道州制を念頭において、その単位で、Hubがあると考えればいいのでは? 例えばの話です。

札幌ネバーランド計画、仙台ネバーランド計画、名古屋ネバーランド計画、大阪ネバーランド計画、広島ネバーランド計画、松山ネバーランド計画、福岡ネバーランド計画など、その地に合ったネバーランド計画があるのでは?

仙台あたりは、仙台イーハートーブ計画とかになるのかもしれません。

松山あたりでは、松山ボッチャン計画とか?

それぞれの地域にふさわしい計画があるような気がしますが。。。

東京はアジアのニューヨークやパリといったイメージなのですが。。。

東京に金融センターがあるとしたら、ロンドンのシティ?

ニューヨーク・パリ・ロンドンなどを融合したアジアのネバーランド、東京っていう感じなのかな?

あくまでも、イメージですが。。。

単なる提案ですが。。。

青柳洋介


国内は東京だけについて書きましたが、道州制を念頭において、その単位で、国内Hubがあると考えればいいのでは? 例えばの話です。

札幌ネバーランド計画、名古屋ネバーランド計画、大阪ネバーランド計画、広島ネバーランド計画、松山ネバーランド計画、福岡ネバーランド計画など、その地に合ったネバーランド計画があるのでは?

単なる提案ですが。。。



仙台あたりは、仙台イーハートーブ計画とかになるのかもしれません。


松山あたりでは、松山ボッチャン計画とか?

それぞれの地域にふさわしい計画があるような気がしますが。。。



東京はアジアのニューヨークやパリといったイメージなのですが。。。


東京に金融センターがあるとしたら、ロンドンのシティ?

ニューヨーク・パリ・ロンドンなどを融合したアジアのネバーランド、東京っていう感じなのかな?

あくまでも、イメージですが。。。





参考)



SATURDAY, DECEMBER 26, 2009


MoMo System


MoMo Systemの構造 - モモ





Art Harbour(Global Volunteers)/R&D-based  - Global


Creator/R&D-based - Local&Global

BirdMan(Global Enterprise)/R&D-based - Global


nandemoYA? (The information System) - Local&Global

Book Creator/R&D-based - Local&Global

Salon de Prevert(The Matter System) - Local

Aoyagi Yosuke

Creator


SATURDAY, DECEMBER 12, 2009


Creator



アートハーバー - 人創り(AO) - バリーリンドン・クラブ =>>みずほ

クリエイター - 社主(Aoyagi YoSuKe) =>三井住友

バードマン - グローバル企業(BirdMan) - ボトムアッパーズ =>三菱(未)


何でも屋? - 蔵造り(Johnnie Walker) =>みずほ

ブック・クリエイター - ミソ創り(青柳洋介) =>三井住友

サロン・ド・プリヴェール - 料理創り(Prevert) =>郵貯

現時点の第二の月の炉心は? Master&VISA&JCB

Art Harbour - AO




Global Volunteers
http://artharbour-ao.blogspot.com/



Creator - Aoyagi YoSuKe

Creator Aoyagi YoSuKe Official Site





BirdMan - ao



Global Enterprise

http://birdman-ao.blogspot.com/

--
Aoyagi YoSuKe - Art Harbour

Partnership: Google, Inc. AdSense program / Amazon.co.jp Associate program

http://artharbour-gaia.blogspot.com
(The Gaia Art Harbour)

Mizuho Bank/Credit Master

Sunday, October 4, 2009

台北

中正記念堂


故宮(台北)


故宮(北京)





---Wikipedia

台北市(たいぺいし/たいほくし)は、中華民国の直轄市。

261万超(2009年4月)が居住する中華民国の実効統治区域中最大の都市である。東アジア屈指の世界都市。1949年以来、中華民国の実質的な首都として、政治、商業、教育、大衆文化、物流の中心地としての地位を確立している。面積は約272平方キロメートルで四方を台北県に囲まれている。

日本統治時代 はタイホクと日本語読みしていた。現在でもNHKの放送ではタイホクの呼称を採用している。北京語発音ではタイペイ (Táiběi) 、台湾語発音ではタイパク (tâi-pak) である。


歴史

詳細は「台北の歴史」を参照

台北はもともと平埔族と呼ばれる原住民(ケタガラン族)の住む土地であったが、明代の初め頃より漢民族が居住するようになった。また大航海時代になると台北市郊外にある淡水にスペイン人が城を作り、欧州人の活動拠点の一つとなった。清朝になると、当初清政府は「化外の地」として台湾島への渡航自体を制限していたが、やがてなし崩し的に制限は解除され、漢民族の移住は活発化し、台北は「一府二鹿三艋舺」と三大都市の一つに数えられるほど栄えるようになった。「府」とは清朝統治の中心であった台南、「鹿」とは台湾中部の鹿港、艋舺とは台北(厳密には現在の万華地区周辺の古称)のことである。字が示すように、元々台北は水運から発達した。

台南と比べると都市形成の点で後進的であった台北であるが清末には都市化が進行し、1875年には清政府による台北府の設置と台北城の建設が始まった。1882年に方形の城壁が張り巡らされ、1885年には台湾省が設置されて台北はその省都となるなど台北は中国的近代都市として成長を遂げた。巡撫として派遣された劉銘伝は電灯、電報、鉄道などのインフラを整備し、また都市整備のため大陸の商人資本を集めて興市公司を設立するなどの政策を次々と遂行し、ここに「中国人の都市としての」台北は着々と発展していった。現在台北市の行政区を囲むように点在する四つの城門は、当時を偲ばせるものであるが、福建様式の一つを除いた残りの門は国民府以降に作られたため北京様式である。

しかしながら日清戦争敗北によって清国が台湾割譲を余儀なくされるとこうした流れは一転し、台北は日本的近代都市として新たな成長期を迎えることとなった。

1895年に日本統治が始まると、日本は独立派の勢力が強く、日本からも遠い台南を嫌って台北に総督府を設置、台北の本格的発展はこの時点から始まった。初代民政長官に就任した後藤新平は、清朝が築いた市街の城壁を撤去、街路を建設し、また上下水道を整備するなど近代都市建設を進めた。1901年に台風被害があり、在来建造物が壊滅的被害を受けると、それを期に中国式建築が一掃されて代わりにレンガ造り・石造りで三階建ての官庁・学校・銀行・会社などが林立し、市街の光景を一変させた。その後も市域の拡大や周辺農地の治水・開墾が進められ、日本本土からの移住者も多数にのぼった。さらに経済的にも軽工業や農産物の生産などにより次第に影響力を強めた。このような中、市民生活も豊かになり西門町では数多くの映画館が立ち並び、また台北郊外の北投温泉は、日本有数の温泉地として整備され台湾の内外から多くの湯治客・観光客を集め、1923年には皇太子裕仁親王(のちの昭和天皇)も行啓した(天皇が来訪した温泉場も現存する)。このように日本統治下において台北は台湾の政治・経済・観光・軍事の中心地として栄えた。

戦争が始まると、台湾は南進基地として利用され、台北には本土からの軍隊が往来するようになった。それを狙って米軍による空爆も開始され、市民は疎開を余儀なくされた。

戦後は日本人は引き上げ、代わりに蒋中正率いる中国国民党軍が駐留するようになった。国民党は兵士やその家族を引き連れて居留したため、台北の人口は一気に跳ね上がった。国民党は中華文化を称揚する政策をとり、台北の日本建築は中華式のものに立て替えられたり、中正紀念堂や故宮博物院、円山大飯店などの中華様式のモニュメント的建築が建てられた。栄町・旭町などの日本式の名前を持っていた町や通りも、中山路・民族路などの中華式のものに改められた。

国民党政府は開発独裁をしき、軍事や経済発展を優先したため、台湾経済は飛躍的に発展し、中心地である台北も人口増が相次いだが、民生は後回しにされていたため、台北の交通渋滞や公害問題は悪化していった。それを解決するために台北駅の地下化、地下鉄建設、排気規制などが計画されたが、ほとんど実行されなかった。

これらの政策が実行に移されるようになったのは、民主化の進んだ1990年代前後からであり、台北の都市環境は飛躍的に整備されるようになった。

現在

IT経済化、さらにバイオなどの知識集約経済化を進める台湾では、台北を中心とした地域の重要性がさらに高まっている。しかし台北市内には余剰空間が不足しているため都市の発展は周辺部に波及し、台北都市圏を形成している。特に台北から板橋、中正国際空港へ至る回廊は人口が密集し、移動人数に対処するため新交通システムが建設または計画されている。2006年までの台北大都市圏(台北市、台北県、基隆市)の人口は676万人を数え、香港と同規模の都市圏を形成している。

また台北市南部には台湾に出稼ぎにきたフィリピン・ミャンマー人らが密集して居住する地域が存在している。これらの地域は従来交通不便地であったが、交通インフラの整備により急速にベッドタウン化が進んでいる。

2006年には高雄市との高速鉄道の完成に伴い、それまで工業都市として発展していた高雄地区が工場の海外移転及び脱工業化にともない産業が空洞化したことで、高雄都市圏の人口を吸収する可能性も指摘されている。

著名な観光地



中正紀念堂


忠烈祠・衛兵交代式


行天宮占い地下街


基隆河河浜公園
中正紀念堂
故宮博物院
台北101
西門町
総統府
円山大飯店
陽明山
孔子廟
忠烈祠
龍山寺
行天宮
指南宮
士林夜市
饒河街観光夜市
華西街観光夜市
基隆河河浜公園
猫空-台湾茶の名産地

歴代市長

日本統治時代
台北市尹(1920年)
武藤針五郎
太田吾一
田端幸三郎
増田秀吉
内忠海司
西沢義徴
松崗一衛
石井龍猪
木原円次
台北市長(1940年)
木原円次
藤村寬太
広谷致員
土居美水
中華民国時代
官選省轄市長
黄朝琴 1945年11月-1946年2月28日
游彌堅 1946年3月1日-1950年2月5日
呉三連 1950年2月6日-1950年11月
項昌権 1950年11月-1951年1月31日(代理市長)
民選省轄市長
呉三連 1951-1954
高玉樹 1954-1957
黄啓瑞 1957-1964
周百錬 1961-1963(代理市長)
官選直轄市長
高玉樹 1964-1972(1967年から台北直轄市長に升格)
張豊緒 1972-1976
林洋港 1976-1978(後に司法院長)
李登輝 1978-1981(後に総統)
邵恩新 1981-1982
楊金欉 1982-1985
許水徳 1985-1988
呉伯雄 1988-1990(現中国国民党主席)
黄大洲 1990-1994
民選直轄市長
陳水扁 1994-1998(前総統、前民主進步党主席)
馬英九 1998-2006(現総統、前中国国民党主席、下中国国民党主席)
郝龍斌 2006-

地理

台北市は急速な人口増加のため、台北盆地の山際にまで都市化が進展している。北部は夜市で有名な士林、山の手高級住宅地の天母、温泉で有名な北投から、外港として栄えた淡水にいたる。中心部は古くから栄えた地域であり、日本時代の建築や清時代の遺構が多い。総統府、台北最古の寺、龍山寺もここにある。南部には茶の産地である木柵を擁する。

地形

台北市は台北盆地に位置し、大屯火山群(休火山)が市北部北部に位置し、市南部の円山、大直、内湖に向かって緩やかな傾斜を生み出している。最高海抜は七星山の1,120mであり、続いて大屯山の1092mが続いている。山間部の中心は北投の外延に広がる火山地帯である。市東部の内湖、南港及び南部の木柵では丘陵地帯となっており、標高約300mの南港山系(拇指山系)が広がっている。

水系

台北市内は淡水河の流域に分類される。淡水河は主流以外に支流の新店渓が大同区(大龍峒、大稲埕)、万華、公館、景美などの地域を流れている。

基隆河は関渡一帯にて淡水河より分岐し、社子、士林、大直、内湖、松山、南港を経た後に台北県汐止、基隆市暖暖などへと流れている。河道が湾曲していることから、かつては大雨ごとに水害が発生していたが、現在は士林、内湖、南港の河道を修正する工事を行い水害被害を防ぐ治水事業が完成している。

これ以外には景美渓は景美にて新店渓より分岐し、景美、木柵を経て台北県深坑郷へと流れている。双渓は士林、北投境界一帯より基隆河が分岐したものであり、磺渓はその双渓より分岐している。双渓は芝山岩、外双渓谷(故宮博物院附近)を流れ、鉱渓は石牌、天母などを流域に含んでいる。

気候

台北市は北緯25度付近の東アジア大陸と太平洋の間に位置し、モンゴル高気圧と温暖湿潤な太平洋高気圧の影響を受けた亜熱帯気候が特徴である。台湾では四季の変化が顕著な地域であり、一般に3~5月を春、6~8月を夏、9~11月を秋、12~翌年2月を冬としている。


---Wiki

故宮博物院(こきゅうはくぶついん)は、中国の歴史的遺物を所蔵・展示している中華民国と中華人民共和国に存在する博物館である。

以下の3か所にそれぞれ施設がある。

中華民国・台北市 - 国立故宮博物院
中華人民共和国・北京市 - 故宮博物院(紫禁城)
中華人民共和国・瀋陽市 - 瀋陽故宮博物院